大阪地方裁判所 昭和42年(ワ)4426号 判決 1969年11月19日
原告 浪速土地興業株式会社
右代表者代表取締役 和田二郎
右訴訟代理人弁護士 小林多計士
同 浜口卯一
被告 森田真一
右訴訟代理人弁護士 植田完治
同 上田潤二郎
被告 丸大紙業株式会社
右代表者代表取締役 高田諭吉
右訴訟代理人弁護士 伊藤秀一
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
(原告の申立、主張及び立証)
原告代理人は、「被告らは原告に対し夫々金一二〇万円およびこれに対する訴状送達の翌日より完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。
(一)、原告は宅地建物取引業者である。
(二)、原告は、被告森田より、昭和四二年三月四日頃、その所有であった大阪市東区北新町一丁目三六番地等所在の二筆の土地(計約五七坪)と同地上の建物(鉄筋五階建ビル)(以下本件物件という)の売却につき仲介斡旋の依頼を受け、買主の物色等に当った。
(三)、その結果原告は、同年五月初頃、被告丸大紙業株式会社(以下被告会社という)より、土地付建物の買受について仲介斡旋の依頼を受けた。
(四)、そこで原告は、同月八日、被告森田を本件物件の売主として、被告会社をその買主として、夫々両名を紹介し、本件物件の売買につき斡旋し、その後数回にわたり、右物件の売買成立のため尽力した。その間売買代金につき双方より四、〇〇〇万円ということで内示があり、同月一〇日ごろには契約上の細部を除き内諾を得られる段階に至り、同月一三日には、被告会社の社長より内部構造の設計図面を見たい旨依頼を受けたので、被告森田より預った設計図面を届けたりしたのである。
しかるに同月二六日ごろに至り、被告会社より使用上の都合が悪いとの理由をもって、本件物件の仲介を中止するよう申入れがあったのであるが、しかしながらその後同年七月一五日、被告会社は本件物件を被告森田から代金四、〇〇〇万円以上で買い受け、右両者間に売買が成立した。
(五)、右被告間の売買成立は、原告が被告双方を紹介し、本件物件の案内等をしたことに因って成立したものというべく、被告会社の前記中止の申入の如きは右の関係に何らの影響をも及ぼさないものであるから、原告は双方よりの仲介依頼の主目的を達したものであり、被告らは原告に対し所定の報酬全額の支払義務がある。
(六)、仮に被告会社の前記中止の申入により本件仲介契約が終了したとしても、それは、原告の仲介、案内等によりほぼ売買成立に近い状態にあったものを、被告らが故意に原告の報酬請求を免れるためその仲介を排除したものであるから、民法一三〇条により被告らは条件成就をさまたげたものとして、所定の報酬全額の支払義務がある。
(七)、そこで原告は本件物件の売買成立に因る仲介手数料として、大阪府知事認可の報酬規定の範囲内で、各被告より夫々一二〇万円と右金員に対する訴状送達の翌日より完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
立証≪省略≫
(被告森田の申立、主張及び立証)
被告森田代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として次のとおり述べた。
(一)、請求原因(一)の事実は認める。
(二)、同(二)の事実も認める。
(三)、同(三)の事実は不知。
(四)、同(四)の事実中、原告が被告森田に被告会社を本件物件の買主として紹介したこと、被告間で売買代金につき接渉があり、且つ被告森田が内部構造の設計図面を提供したこと、および日時は多少異なるが被告会社が原告に対し本件物件の買受方をことわったことは認めるが、その余の事実は否認する。なお被告会社の右拒絶の申入は、被告森田においても当時確認ずみである。
(五)、同(五)、(六)の事実は否認し、同(七)は争う。
(六)、被告森田は、原告の仲介による被告会社に対する本件物件の売却が上記のように不成功に終った後、間もなく、かねて買主の斡旋を依頼していた知人の宇鷹一夫より適当な買主として訴外株式会社中村忠商店(以下訴外商店という)を紹介され、結局同年六月一五日同商店に本件物件を代金三、九〇〇万円で売渡すに至った、なお右訴外商店は、その後、本件物件を被告会社に売渡したものである。
(七)、以上のとおり、原告が斡旋した被告会社への本件物件の売却については原告の斡旋が不成功に終ったものであり、又その後被告森田が本件物件を売却した相手方は訴外商店であるから、被告森田は原告に対し仲介料を支払うべき義務を負わない。
立証≪省略≫
(被告会社の申立、主張及び立証)
被告会社代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として次のとおり述べた。
(一)、請求原因(一)、(二)の事実は不知。
(二)、同(三)の事実は否認する。
(三)、同(四)の事実中、原告がその主張の日ごろ被告両名を本件物件売買のため紹介したこと、および、本件建物内部構造の設計図面の提出を求めてこれを一見したことは認めるがその余の事実は争う。
(四)、同(五)、(六)の事実は否認し、同(七)は争う。
(五)、原告は本件物件の売買の仲介をすべく、被告会社に交渉があり、右(三)記載の事実の外、二回位現地の案内を受けたが、売買代金の交渉までに至らぬうち、被告会社としては、右建物の内部構造が不適当であり、室内も暗く、又便所の位置も悪いので、昭和四二年五月中旬仲介をことわった。
(六)、そして被告会社は、本件とは別の物件を適当なものとしてこれが買受の交渉をしていたところ、同年六月一〇日頃に至り、訴外商店より、本件物件を被告森田より買い入れたので、被告会社の気に入るよう改造するから買ってほしいとの交渉があったので、被告会社は、訴外商店の改造したものを買受けることとし、とりあえず同月一五日付で代金四三七〇万円をもってこれが買受の契約をなし、只所有権移転登記についてはこれを中間省略し、被告森田より直接被告会社に登記をなしたにすぎないものである。
(七)、よって原告の仲介により本件物件の売買は成立したものでなく、また原告の報酬請求をのがれんと策したことは毫も存しないから原告の請求は理由がない。
立証≪省略≫
理由
一、前叙事実摘示欄に摘示の争いのない事実に、≪証拠省略≫を総合すれば、次の事実が認められる。即ち、
原告は宅地建物取引業者であるところ、被告森田の取引銀行の行員たる嘉納康晴の紹介により、昭和四二年三月四日頃被告森田に会い、同被告から本件物件の売却につき仲介斡旋の依頼を受けたこと、その後買主を物色していたところ、同年四月二八日ごろに至り、原告の営業担当社員である野村義也が、たまたま当時大阪市東区瓦町三丁目二番地にあった被告会社の社屋の売却斡旋の依頼を受けるべく同社を訪問し、被告会社の経理担当者たる中西常喬に会いその旨申し出たが、その件についてはすでに同じく不動産仲介業者たる訴外中村忠商店に依頼し、その斡旋で売却する話が殆んどまとまっていたためことわられ、そのかわりに被告会社の移転先として、同年八月頃までに、同じ東区内で土地付の大体一五〇坪内外のビルを四、〇〇〇万円前後という条件で買受斡旋の依頼を受けたこと、そこで原告方では本件物件を被告双方に斡旋することとし、同年五月八日ごろ前記野村が、被告会社常務の本田次郎と前記中西を本件物件の現場に案内し、同所で、被告森田から処分権限を委されていた横内政雄に会い、本件物件の売買につき被告双方を紹介し、売買の話が進められることになったこと、同月一三日ごろには被告会社の社長である高田諭吉も原告方の前記野村社員の案内で本件物件を見分し、場所や広さでは異存がないが、内部を改造する必要があるので設計図面を見たいといい、被告森田の方から原告を通じて被告会社に本件物件の設計図面が届けられ、又その後売買価格についても原告を通して若干の交渉があったこと、ところがその頃被告会社から原告に呼出しがあって設計図面が返戻され、更に同月二六日ごろに至り、前記中西から原告方の野村に対し、使用上の不都合を理由に、本件物件の買受を中止する旨の申入れがあり、且つこの申入は直ちに原告から被告森田の方にも伝えられたこと、爾後原告方では本件物件の取引に一切関与していないこと、その後被告森田は同業の宇鷹一夫を介して前記訴外商店を紹介され、同商店は上記のようにかねて被告会社と接触があったところから、同商店が本件建物の改造をも請負うということで話がまとまり、その結果本件物件は、同年六月一五日付で被告森田から訴外商店に代価三、九〇〇万円で売却され、更に同日付(但し物件引渡の予定日は同年八月二日付)で訴外商店から被告会社に、右改造費及び仲介手数料等を込めた趣旨で金四、三七〇万円をもって転売されたこと、しかして同年七月一五日、被告森田から直接被告会社に中間省略による所有権移転登記がなされると共に、被告森田方ではその頃本件建物より退去し、訴外商店において所定の改造を施した後、同年八月一八、九日頃被告会社が同建物に入居したことがそれぞれ認められる。
≪証拠判断省略≫
二、以上の事実によれば、原告は、不動産取引の仲介業者として、被告双方の委託をうけ、本件物件の売買の仲介に当ったものであるところ、一般に当事者からの委託による不動産売買の仲介は、準委任に基くいわゆる民事仲立であって商事仲立ではないと解せられるけれども、一面において、これを業とする場合には、商法五〇二条一一号、四条一項、五一二条(なお宅地建物取引業法一七条参照)により、右仲介は当然に有償性を帯び、当該業者は一定の報酬請求権を取得すると共に、他面において、右業態の特殊性にかんがみ、右仲介については商法五五〇条、五四六条が類推適用せられ、従って当該業者は、その仲介に因り、これを原因として被仲介当事者間に少くとも売買等の取引が成立するに非ざれば、その報酬を請求することが出来ないものと解するのが相当である。
三、そこで、これを本件についてみるに、先ず被告ら間の売買の成否の点について、被告らは、被告森田より訴外商店同商店より被告会社への各売買のあったことを前提として右直接取引の成立を争うけれども、前認定の事実関係によれば、被告らは本件物件の当初の取引話を機縁としてすでに知り合いの間柄であったこと、被告会社からはかねてより、被告森田からは宇鷹を通じ、それぞれ訴外商店に不動産売買の斡旋依頼が為されていること、右訴外商店は不動産仲介業者であるが、同業者が売買斡旋の依頼者に対し、売買の仲介にとどまらず、当該目的物件の所有権を一旦実質的に自己に取得するということは異例のことと考えられること、被告森田、訴外商店、被告会社間の各売買が同一日付で行われ、且つたとえ中間省略とはいえ被告ら間に直接移転登記が行われていること、前二者間の売買価格と後二者間のそれに四七〇万円もの差があるのは、転売利益のためではなく、主として改造費用のためであり、これに訴外商店の実質的な仲介手数料の加わったものが右の金額であると認められること等の事実が認められ、これらの諸点からすると、たとえその形式は如何であれ、本件にあっては、訴外商店の介在を通し、被告ら間に直接売買行為が成立したもの、少くともこれと同一に評価すべきものとみるのが相当である。
四、よって、原告の前示仲介行為と右被告ら間の売買成立との因果の関係について検討する。
原告が、被告双方の委託を受け、その仲介の衝に当っていたところ、被告会社より買受中止の申入を受け、右申入は直ちに被告森田にも通知せられたことは前認定のとおりであるところ、前出証人野村義也及び足立諭は、右中止の申入は確定的な意味合のものではなく、一時的な留保の趣旨にすぎない旨証言するが、前叙第一項冒頭掲記の各証拠に照らし到底これを採用し難く、他に反証もないから、本件仲介契約は右の時点において解約せられたものというべきである。
ところで原告は、右の解約は本件の因果関係を中断するものに非ずと主張するが、前認定の如く、原告が売主たる被告森田と買主たる被告会社とを紹介引き合わせ、これを現場に案内し、売主よりの設計図面を買主に届け、且つ若干売買価格の交渉にも関与してきたことは認められるものの、しかし結局未だ売買契約の成立せざる間にその仲介委託を解約せられ、爾後同人は本件取引に何ら関与することがなかったというのであるから、右事実関係の下においては、他に特段の事由なき限り、原告の為した右仲介行為は、その後被告ら間に成立した本件売買契約に対し、法律上、因果の関係を有しないものといわなければならない。(右の場合、不動産売買における買主探知、物件情報、当事者引き合わせ、現場案内等、初期における斡旋仲介活動の有する機能の重大性にかんがみ、仲介行為が右の程度で終了せしめられた場合にも、なお後に成立した売買への因果関係を肯認しようとする考え方も存し得るとは思われるが、他の観点における考慮事項としてはともかく、法律上の因果関係の存否の観点に関する限り、当裁判所は、にわかにこれに左袒し難い。又本件は、原告が仲介行為中、すでに売買当事者の一方が他の仲介業者と接触を有しており――従って右当事者が原告提供の情報、例えば売主よりの設計図面等を右仲介業者に示して相談を行っていたとの観方が存し得ない訳ではない――しかも原告への仲介拒絶後、結局右業者の介在により同一当事者間に売買が成立したという特殊の事案であるため、同じく仲介業者たる原告と右業者とを通じて一体的に観察し、原告の為した仲介行為と右売買との間に相当因果関係を肯定せんとする余地が絶無であるとは言い難いけれども、しかし、本件各証拠によって認定せられる事実関係は前判示のとおりであって、これによれば、原告と訴外商店の各仲介行為は事実の経過において切断せられて各別箇のものというべく、少くとも本件における立証をもってしては、原告と訴外商店の各存在・行為を一体的に評価するには未だ足りないものというの外ないから、本件事案の特殊性を考慮しても、なお原告の仲介行為は、本件売買の成立に対し、因果の関係を有しないものというべきである。
五、これに対し原告は、右解約について民法一三〇条の効果を主張する。
しかし同条を本件に適用するには、原告方に不信行為が存しないのはもとより、被告らにおいて「故意ニ其条件ノ成就ヲ妨ケタル」不信の行為があったことを要するところ、本件にあっては、原告の側に不信行為のかどは認められないけれども、被告らについても亦右法条所定の不信の行為は結局これを認め難いものといわなければならない。
即ちそもそも、売買当事者の委託を受けた不動産取引の仲介が前叙の如く準委任行為であると解される以上、当事者は原則として何時にてもこれを解約できるものというべく(民法六五一条一項参照)、その制限は、右解約権の行使が信義則ないし公平の原則に照らして許されない場合に行われるものと解するのが相当であるところ、本件にあっては、被告らが原告に対する報酬の支払を免れるため、特に本件解約の挙に出でたと認むべき確証はなく、かえって前認定の如く、右解約の後、他の業者の仲介により取引が行われた点からみても、右のような故意妨害の意図の存在は、未だこれを認め難いものといわなければならない。尤も本件において、原告に対し解約を通知したその約半月後に、しかも買主がかねて交渉をもっていた仲介業者の斡旋で、同一当事者間に直接取引と同視せられるような売買が成立したということは前にも述べたように不自然の感を免れないことは確かであるが、上来判示のとおり、被告会社は本件建物がそのままでは使用に不都合があるのでその買受を中止したところ、その後前認定のような経過で訴外商店においてこれが改造方を買って出たことからあらためて右物件を買受けるに至ったこと、原告の仲介行為と訴外商店のそれとは一応別箇の関係にあると認められること、被告会社が新社屋の入手を急いでいた点、右訴外商店が被告ら双方より不動産仲介業者としての手数料等を取得していたと認められる点等に徴すると、右の不自然性をもって前記判断を左右することはできず、その他に被告らにおいて原告に対し主観的客観的に信義にもとる点があったとみるべき事実も認められないから、結局、民法一三〇条により売買成立と同様の報酬請求権ありとする原告の本主張も亦失当として排斥するの外ない。
六、以上の次第であるところ、本件弁論の趣旨に徴すと、原告の本訴請求は、原告の仲介行為に因る売買の成立ないしこれと同視すべき場合を前提として、いわゆる成立報酬を求めるものであって、原告の為した仲介行為の程度範囲に対応するいわゆる割合的報酬を求めるものではなく(なお附言するに、通常の準委任の解約の場合には、民法六四八条三項により、受任者は当然にいわゆる割合的報酬の請求権を有するものと解されるけれども、不動産売買の仲介業者に対する仲介委託の解約の場合においては、前叙第二項の説示からも窺われるように、受任者たる業者は、特約ないし商慣習等の存しない限り、当然には割合的報酬の請求権はこれを有しないものと解するのが相当であるところ、本件にあっては、右特約等の主張立証もないから、その点よりみても、原告の請求は成立報酬を求めるものと解されるところである)、又右仲介行為に関し報酬とは別箇の性質の金員の支払を求めるものでもないことが明らかであるから、上来判示したところにより、原告の請求は、その報酬額の主張の判断に立ち入るまでもなく、理由なきものとして棄却を免れず、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 小谷卓男)